起業からセミリタイアまでの軌跡を公開中

Autobiography

私が起業し、ビジネスを始めたきっかけから、ハワイの海辺に住むという夢を叶える過程で、アメリカでどのようにビジネスを立ち上げたのか

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ニューヨーク市
アメリカの国旗
若い弁護士

アメリカで起業

アメリカでの生活はとにかく楽しかったです。

 

やってることは、

 

1.アウトレットで商品買い付け

      ↓

2.ホテルに戻り、写真撮影

      ↓

3.郵便局から日本へ発送

      ↓

4.ホームページへアップ

 

この1から4をひたすら繰り返す日々を1年ぐらい続け、

 

途中日本へ戻り、日本の体制も整えます。

ネットショップも順調に売り上げを伸ばし、

 

次のステップは現地法人の立上げと

VISA(入国査証)の取得

 

 

VISAを取得するにも現地法人が必要です。

 

現地の弁護士とも相談しながら

アメリカで株式会社を設立しました。

 

設立は2001年。

オフィスはワールドトレードセンター

 

ニューヨークではありません(笑)

 

人生で初めて海外に会社を設立しましたが、意外と簡単なんだなー

 

というのが正直な感想です。

 

日本では定款を作成し、定款の認証へ公証役場へ行き、

 

そして法務局で手続きが必要です。

 

アメリカでは、定款を作成、州のオフィスへ

FAXして、registrationの書類も送り

あっという間に簡単に設立できました。

 

会社自体は本当に簡単に設立できます。

 

しかし、難関はVISA(入国査証)でした。。

大きな壁

アメリカで起業することは簡単です。

ただアメリカに住み続けることは難しいのです。

 

VISA(入国査証)の取得が最大の難関です。

私は最初B1ビザを取得しました。

一番簡単に取得できる商用ビザで、

これは6か月間の滞在と、許可がおりたら更に6か月間延長できます。

 

このビザでは、6か月間の入国を

何度も繰り返えすことは難しく

入国拒否にあう可能性もあります。

 

実際に入国審査では、入国するたびに

何度も厳しい質問を受けていました。

 

B1ビザ取得後1年ぐらいたち、

次に本格的なビザを取得するため

米国のビザ取得専門弁護士へ

相談をしました。

 

弁護士は取得は問題ないので、

申請しましょう。

 

ということで、

 

色々と相談をした結果H1bビザでいける。

 

とのことなので、お任せして申請しました。

結果は却下でした。

 

まだまだ会社も新しく、売上も少なく

日本もアメリカの会社も

スタッフは少なく、とても取得できる

規程には達していなかった状況でした。

 

弁護士には4000ドル支払いましたが、

結果に関わらず、結局は弁護士が一番儲かってますね。。

 

ビザの取得が難しいのであれば、

最初から申請しないつもりでしたが、

まんまと騙された感じです。

 

その後、米国の友人に申請書を

見せるとこの弁護士の英語は

小学生のような文章だよ

 

と言われました。

 

まー自分も英語が苦手なので

気が付きませんでしたが、

3流弁護士では到底無理でしたね。

 

難しいケースほど敏腕弁護士に依頼しないとダメです。

 

 

ここでVISA(入国査証)という大きな壁

これを超えられるか・・・・・

川ダム
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ピンチはチャンス

H1bビザの却下後、とりあえずB1ビザを6か月延長しました。

 

次の対策もないままの滞在でしたが、

いずれ期限が来たら、日本へ戻らなくては

いけません。

アメリカでの滞在もB1ビザでは

限界に達しており、次の入国での長期滞在は難しい状況でした。

 

さてどうするか・・・・

 

アメリカで会社は起業したけど、

 

VISAをどうするか・・・・

 

 

大きな壁は乗り越えられそうにありません。

その頃、アメリカでの商品買い付けも

どんどん増え、アウトレットなどでの

仕入れも限界がきてます。

そこで、ウルトラC の案が浮上!

交渉はアメリカ人のコンサルタント

の方に協力してもらい、

 

現地の大手ゴルフショップへ就職し、VISAを取得する案です。

 

 

更に、そのゴルフショップから

大手メーカーのゴルフ用品が

 

卸で買える特典付きで!!

 

 

そんなうまい話しがあるのか?!

 

崖っぷちで選択肢はありません。

 

何事もチャンレンジです

 

早速ゴルフショップの

オーナーとも交渉した結果、

 

その条件で快諾してもらうことができました。

 

 

オレゴン州で3店舗ほど展開してる

ゴルフショップへ

 

マーケティングリサーチアナリスト

 

という職種で就職

無事 H1bビザが取得できました!

 

ビザも取得でき、ゴルフ用品も

卸売り価格で購入できる。

 

最高の状態になったのです!

 

 

何事もやれば、道はひらける

 

しかしそんな喜びも束の間

 

 

しばらくすると、

 

 

また奈落の底へ落されるのでした。

奈落の底へ

単身アメリカへ渡ってから

会社の設立を行い、

 

ビザが却下

そしてゴルフショップへ就職

 

ビザを取得し、商品まで

卸売りで買える最高の状態になったわけですが

 

しばらくすると、大事件が起こります。

 

なんと、そのゴルフショップの

累積赤字がどんどん増えていた状態で

最大の経営危機だったのです。

 

なんと!

 

オーナーからその話を聞いたときは

 

奈落の底へ突き落されました。

 

あと2か月ほどで、ゴルフショップは閉店するというのです。

最大のピンチ到来!

 

せっかくビザも取得し、商品も卸で買える状態が・・・

 

どうするべきか

 

途方にくれました。

 

当然、就職先が閉店すると、

私のビザステータスもなくなります。

 

せっかく苦労して取得した

VISA(入国査証)もなくなる最大の危機です。

 

 

しばらくすると、オーナーが

心配しなくてもいいよ

 

と言うのです。

 

商品は息子の会社から同じように

買えるから

 

詳しく話を聞くと、

オーナーはゴルフショップは閉店するけど、

 

もう1つ会社を息子の名義で

所有していたらしく、

そこの会社でも大手メーカーの

アカウントがあるから

 

ゴルフ用品は引き続き買えるというのです。

その頃、私が所有していた

日本でのネットショップは売上を大きく伸ばし、

 

仕入れも月に500万円ほどしてましたので、

オーナーにしてみれば、だまっていても

月に100万円ほど手数料が入ってくるのです。

 

これは後から発覚したことですが、

 

オーナーとの契約では卸売に

10%だけ計上して買う約束でしたが、

 

実はメーカーの割引も10%ぐらい

あったので、オーナーは私を騙して大儲けしていたのです。

 

オーナーは、不採算部門でもある

店舗でのゴルフショップを閉鎖し、

 

私へ販売してる卸部門を別会社で

引き続き行って、ゴルフショップの

借金は踏み倒そうとしていた

 

なんとずる賢い考えです。

ここで、ウルトラC案が浮上!

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ピンチは最大のチャンス

せっかくVISA(入国査証)も取得し、

ゴルフ用品も卸売りで買える状況から

 

あと2か月後には、VISAもなくなり

日本へ帰らなくてはいけない状況へ

どうするべきか

 

何か方法はないか

 

諦めて日本へ一度帰るか

 

日々頭を悩ませていました。

 

 

ある日、夜寝ていたら、

 

閃きが

 

そうだ!

 

オーナーが言っていた

息子の卸売り会社を

 

 

買収だー!

ピンチは最大のチャンスです。

早速、アメリカ人のコンサルタントの

方へ協力を要請

 

間に立ってもらい、交渉を開始

 

色々と条件をつけながらも

 

 

売買契約が成立しました。

 

 

はれて、私はアメリカで

大手メーカーのアカウントを既に

持ってる会社を買収し、

 

 

アメリカでビジネスを続ける

基盤を作ることができました。

 

 

その後、追加で資本金を入れ

VISAもE1ビザ(貿易商ビザ)へ

ステータスを変更できました。

 

 

崖っぷちの状態から、最高の状態へ

 

 

その頃の私は、毎日大忙しで、

夢や目標のことは、正直しばらく忘れてましたが、

 

確実にハワイに住む夢へ向かって歩んでいたのです。

人間万事塞翁が馬

私の座右の銘です。

 

プロフィールのところにも載せてますが、

 

ここまでのストーリーを

読んでいただくとわかっていただけたかと思います。

”人間万事塞翁が馬 【じんかんばんじさいおうがうま】

故事成語の1つ。「人間の吉凶や禍福は予想ができない」ことを例えた言葉である。中国の前漢の武帝の頃に書かれた「淮南子」を典拠とする言葉。

昔、中国の北方の砦近く住んでいた老人(塞翁)の馬が隣国の異民族が住む地域に逃げてしまったが、名馬を連れて帰ってきた。しかし、老人の子がその馬に乗っていて落馬し足を骨折してしまった。だが、そのおかげで隣国との戦乱の際にも兵役をまぬがれて無事であった。”

ここに載せてないエピソードも

まだまだたくさんありますが、

 

まさに、この言葉の通り、

 

一見悪いことが起きても

必ずその先にはいいことがある。

 

大切なのは、どんな悪いことが起きても、

前向きに考え、その状況の中から

一番いい選択をする

ことだと思います。

 

 

私の場合は、

 

 

弁護士に騙されビザ却下

   ↓

ゴルフショップに就職しビザ取得

   ↓

ゴルフショップ閉鎖で危機到来

   ↓

会社を買収し、VISAと卸売り会社所有

 

 

その後もいろいろなことが

ありましたが、その話は

 

おいおい紹介していこうと思います。

 

 

さて、アメリカの会社も順調にビジネスを軌道にのせ

 

日本のネットショップもどんどん売り上げを伸ばし、

 

スタッフも増え、

 

ビジネスを続ける土台は完成しました。

 

 

そして夢のハワイへ

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憧れのハワイへ

2005年ハワイへ視察旅行に出かけました。

 

23歳の時に抱いた夢を

本当に現実にできるのか、

ハワイで不動産の調査と

本当にマウイ島なのか

 

もっと他にいい島はないのか?

 

そんなことも気になっていたので、

 

この際、ハワイの島全部行くぞー

 

というのりで、

 

2005年は時間を見つけては、

いつもハワイへ行ってました。

その頃、ハワイの不動産は

毎年どんどん価格が上昇し、

 

海沿いの物件はとても高く、

買える状況ではありませんでした。

 

ハワイ島もモロカイ島も

他の島に比べると値段は安いけど、寂しい感じです。

 

いろいろと物件を見ながら

ついに

 

ここぞという物件を見つけます。

 

マウイ島の海沿いにあるコンドミニアムを購入

2006年ついに、夢が実現するのでした!

コンドミニアムのバルコニーから

いつも見ていた夕陽です。

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実際に夢を叶えた感想も書きたいと思います。

 

 

23歳の時に、初めて訪れたマウイ島で

 

「将来この島の海沿いに住む」

 

という目標をたて、13年かけて叶えることができました。

 

 

実際には、マウイ島で一人

毎日海を見ながら読書に明け暮れ

 

朝は波の音で目が覚め、

ビーチを散歩

プールサイドで読書

そして、

 

何か足りない気がするなー

 

そうです

 

このように書かれてました↓

「家の前にはきれいなビーチがあり、

奥さんと子供が犬と海辺でバシャバシャ遊んでる

それを見ながらビールを飲んで笑ってる」

自分はマウイ島で一人だったー(涙)

 

まだ目標は達成してなかったのです。

 

autobiographyハワイ編は一度終わります

 

最後までお読みいただき、有難うございました。

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